記事一覧

過去への旅路シリーズ 最終編

西表島での日々は、まさに夢のようでした。しかし、このまま旅を続ける訳にもいかないと、ずっと心の底で感じていました。カンピラ荘の宿泊者を、船浦港で見送ることも日課でした。女性陣の左がマドンナAちゃん(青森出身) まん中がカンピラ荘の長女Yちゃん 右がA子姉さん(金沢出身)です。右端がマグジョ(高知出身)です。「マグジョが突っ込んだ橋」の命名の張本人ですね。ちなみにA子姉さんは、その後、与那国島に永住した...

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過去への旅路シリーズ19  西表島編パート5 我が青春のカンピラ荘

西表島で3カ月近くも滞在したのは、島の素晴らしい自然に魅せられたこともありますが、何といっても民宿カンピラ荘の存在です。現在、カンピラ荘のある上原地区は、石垣島との定期高速船の港が整備され、スーパーマーケットやアパートも有り、ちょっとした町中と言ってもおかしくない環境です。しかし、1975年当時は、港も無く道路はすべて未舗装で、いかにも離島の集落といったおもむきでした。横から見たカンピラ荘です。ハ...

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過去への旅路シリーズ18 西表島編パート4 ドクターコトー

1975年秋の西表島の続きです。当時の西表島西部の診療所には、老医師が常駐されていました。元祖ドクターコトーですね。上は白衣を着ていますが、下は半ズボンですね。いかにも南の先生という感じです。カンピラ荘で長期滞在していた私たちは、別に病気でなくても診療所に遊びに行っていました。私の勝手な想像ですが、おそらく、先生は内地の病院で長年勤務されて、余生を西表島で過ごすために、診療所の医師になられたのではない...

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餓鬼仏 ガキボトケ

私の息子は、森林組合に勤めています。いわゆる山林労働者です。山の仕事は危険な作業が多く、無事に家に帰ってくると親としてホットします。息子の弁当箱を洗っていると、いつも一口だけご飯を残しています。息子に「なんでご飯を残すのか」と聞いたところ、「餓鬼仏のため」という返事でした。さらに、息子は山の先輩から聞いた話をしてくれました。「山で餓死した人間の魂が、成仏できずにさ迷っており、それを餓鬼仏という。山...

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過去への旅路シリーズ17 西表島編パート3

1975年の秋に、2カ月余り沈没したカンピラ荘の日々です。西表島でしか食べられない食材 その1 ヤシガニヤシガニです。ゆでて食べます。ヤシガニという名前ですが、ヤドカリの仲間だとか。ヤシガニは、主にアダンの実を食べているそうです。そのせいなのか、カニというよりも豚肉の脂身を連想させるような濃厚な味でした。脂肪分がとても多いので、食べ過ぎるとおなかを壊します。西表島でしか食べられない食材 その2 カ...

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プロフィール

オッカイポ

Author:オッカイポ
四国在住の年金生活者です。66歳でオフロードバイクレースに復帰しました。これから、旅の記録やバイク等について綴っていきます。