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記事一覧

私とフラットツイン

私のフラットツイン初体験は、1970年代後半に遡ります。1974年に北海道で知り合った友人(オイチ君)が、その3~4年後に、我が家までR100に乗って来てくれました。その時に、ちょっとR100に乗らせてもらったのが、私のフラットツイン初体験です。オイチ君のR100は、黒の2本サスモデルでした。乗ってみた印象は、意外と乗りやすいなというものでした。フラットツインの独特とされるトルクリアクションも、そんなに違和感...

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アンプ製作とトホホな出来事

明日からシャーシーのケガキをするぞ、と宣言したものの、やっぱりダラダラしてました。私はいまだに方眼紙に部品配置を書いています。電気関係のプロである友人は「100年前のやりかたですね」と言いますが、私としては、ほっといてくれと言いたいです。ただ、このやり方では、誤差が1ミリ以上に出て、その後のフォローが大変です。そして、ストックしていた部品を出し入れしている時に!!ジムランD208の上に部品を落としてし...

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キューバの旅2

話が前後しますが、私たちは成田空港からカナダのトロントに飛び、トロントで一泊して、翌日、キューバのハバナ空港に降り立ちました、成田からトロントまで、約11時間半。トロントからハバナまで、約3時間半の空の旅です。何か距離的感覚と所要時間が、一致しないような気もします。何はともあれ、途中の一泊をはさみ、15時間も飛行機に乗っていた訳です。到着した時のハバナ空港は雨が降っていました。空港からバスでホテル...

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やっとできました。

自分のしょうもないミスで画像を消してしまい、その回復に手間取りました。今日の夕方にやっと出来上がりました。ついでに新しい画像をプラスαしたり、文章を書き加えたりもしましたので、興味のあるカテゴリーは、もう一度閲覧していただければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。...

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失敗しました。

昨日、ブログ画面を見ていたら、確か画像の整理といような項目があったので、何も考えずに今までアップした画像を全部削除してしまいました。実に単純な思い込みでやってしまったのです。後になって、今までのブログの画像が、全部消えてしまった事態に愕然としました。初歩的ミスというよりも、それ以下のミスでした。これから新しいブログを書くより、以前のブログの画像を回復する事に努力します。...

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私の戦闘機

2012年型KTM125EXC 6デイズ(オプション部品をオーストリア工場を出荷する時に組み込んだ仕様)です。ひ弱な私と違ってガテン系の息子が、フロントブレーキを見てくれています。購入時にサス調整で20ミリ車高を落とし、なおかつオプションのローシートにしています。それで合計40ミリほどシート高を下げてはいます。それでも私は足が付きません。このKTMは、息子がJNCCエンデューロレースで4年間乗り倒したバイク...

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小太郎

小太郎は2008年の3月に、我が家に迷い込んで来ました。2008年3月12日 我が家で飼うと決めた朝の小太郎。捨てられてしばらく放浪した時の記憶からか、不安そうな表情をしています。たれ耳で容姿も今一つです。3月27日 飼うと決めたものの小太郎の意識は、まだ野良犬時代のままなので、まだ不安そうです。小太郎は我が家に迷い込んで来る前、2匹で捨てられていたようです。2匹のうち大きいほうの子犬は、ダンプカ...

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キューバの旅1

これから、何回かに分けてキューバ訪問記を綴っていきます。私は2009年4月27日から5月6日の9日間、革命50周年を迎えるキューバを訪問しました。新社会党という政党が企画したツアーで、総勢40数人の大所帯でした。旅の目的は二つ。一つは、革命50周年のハバナメーデーに参加する事。もう一つは、ゲバラが最初の大勝利を収めたサンタクララに行く事です。.ハバナで泊まったオキシデンタルミラマールホテルにて。女...

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日本一周スタート?

私は2015年9月末に退職しました。退職以前の約10年間は、仕事で多忙を極めておりました。まるで命をすり減らしているようだと妻が心配するほどでした。そんな事もあって、55歳ぐらいから退職日を60歳にすると決めたのです。そして、退職後の日本一周を夢見て、計画を色々と立てていました。しかし、人生は計画通りには進まず、退職日が1年伸び、2年伸びして、結局、65歳までフルタイムで働きました。結果的に、65...

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過去へ旅路シリーズ7

1974年9月下旬から、11月までの旅をはしょって書きます。日野市出身の女性とは、然別湖畔の山田温泉ユースホステルから移動して、帯広ユースホステルで1泊した後、分かれました。再び一人になった私は、浜中町の霧多布や、留辺蘂(ルベシベ)、音威子府、浜頓別を経てから、道南の積丹半島まで移動しました。浜中町の霧多布にて。浜中ユースホステルで出会った女性とツーショットです。しかし、こんな場所にどうやって行っ...

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過去への旅路シリーズ6

1974年9月下旬に、CB750に乗った元証券マンの方と別れて、再び一人旅が始まります。一人になった私は、苫小牧から太平洋側の道を襟裳岬まで走りました。この道中には、あの有名(悪名?)な黄金道路がひかえていたのです。私のXS650は、悪路に前後のサスペンションを底付きさせ、ほこりだらけになりながら黄金道路を走破したのです。襟裳岬YHのヘルパーさんを乗せる。黄金道路を走破したバイクは泥だらけです。襟...

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過去への旅路シリーズ5

1974年の9月下旬になって、やっと北の大地に入りました。函館の五稜郭です。さっそく居合わせた女性に声をかけてツーショット。この頃から、旅の解放感もあってか、私の軽薄な性格が全開になってきたようです。函館観光のあと、フェリーで一緒になった元証券マンの方と、2台でしばらく一緒に走りました。これは長万部近郊だったと思います。元証券マンの方が、シャッターを押してくれました。元証券マンの方は、シルバーのホ...

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新作アンプに取り掛かります。

ブログ「トニーの回覧板」のトニーさんに励まされて、2年ぶりにアンプを製作します。製作の目的は、下記の3点です。①諸先輩方が音が良いと評価する、直熱3極管45の音を聴く。②2年前に製作した71Aシングルアンプと聴き比べる。③音は綺麗だが非力だという45は、チョークインプット整流ならどうなのか。以上の目的を持って進めたいと思います。まず、こんな部品配置を考えました。私の作るアンプは、このパターンが多いです...

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私のモトクロス時代パート2 寄り道編

身長161センチ(高校生の時は162センチあったのですが)体重50キロ少々の私には、フルサイズのモトクロッサーは大きすぎます。そこで、お子様用のレーサーであるヤマハYZ80(現在は2ストが85CC、4ストが150CCとなり、大人も乗っています)を導入しました。これは私と相性が良くて草レースですが、けっこういい成績でした。YZ80は2ストローク80CCですから、エンジンの高回転域を多用しなければ早く走ってくれま...

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過去への旅路シリーズ4

74年の旅も9月中下旬となり、青森から北海道に渡ります。津軽では、太宰治が生まれ育った家を記念した斜陽館を訪問。斜陽館は、とにかく豪華かつ、でかいという印象でした。太宰は、とてつもなく裕福な家に育ち、この高みから自ら落ちていったんだなあという感慨を持ちました。私も若い時に罹る麻疹のように、太宰に傾倒していた時期があったのです。青森からいよいよ北海道に渡ります。大間から函館へのフェリーだったと思いま...

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キューバの旅 旧車編パート1

私は2009年にキューバに行きました。キューバで3番目に感激したことは、きれいに整備された旧車の数々です。じゃあ1番目と2番目に感激したことは何だろうかですが、これについては、過去の旅に書きたいと思います。さて、旧車です。MZ251 旧東ドイツ製だと思います。MZ251という車名から、おそらく2ストロークで、250CC前後の排気量でしょう。特徴的な機構は、シャフトドライブです。さすがドイツ製です。...

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なんなんだこの宿は

1972年頃でしたか、つげ義春の作品に描かれた内容とほとんど同じ体験をしました。あれは、寒い冬に愛車ヤマハXS650で、室戸岬ユースホステルに泊まった時の事です。このYHはもう存在していませんので、ブログに書いても問題ないと思います。YHがらみでは、九州の某所にもひどい目にあいましたが、まだ営業をしているようなので、今は書くのはひかえます。さて、室戸岬YHでの出来事です。私は、バイクで倉敷から冬の寒空の中...

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鹿肉

先日、妻と近所を歩いている時、小学校の同級生から取れたての鹿肉を頂戴しました。正月明けに猪の罠に入っていたそうです。普通は、猪の罠に鹿が入ることはありません。でも、この鹿は,、立派な角が罠に引っかかって扉が落ちたのだろうと、同級生は言ってました。何はともあれ、ありがたいことです。ウオーキングの習慣は、二人の退職後に始めました。歩く途中で、何かと食材を頂く機会があります。今回、肉を頂いて3日間が過ぎ...

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リアリズムの宿

つげ義春の漫画作品は、いわゆる通好みとされています。つげが、漫画雑誌「ガロ」などに作品を発表していた頃、1970年前後だったと思いますが、私はその素晴らしさを理解できませんでした。しかし、50歳をすぎた頃からでしょうか。彼の漫画のそれぞれが、じわーっと心にしみて来だしたのです。おそらく、若い頃の私には、作品の独特の暗さや、難解さが理解できなかったのではないかと思います。同じようなことは、ボブ・ディ...

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過去への旅路シリーズ3

1974年9月の中旬となり、秋田県まで北上しました。男鹿半島で、東京から来られた二人のツーリングライダーとの出会いがありました。写真の真ん中が、当時は珍しい女性ライダーでした。なんでも、フェミナという女性だけのツーリングクラブを主催しているという素敵な方でした。女性の乗っているバイクは、ホンダCB250。右側の男性は、女性の友人ということで、乗っているバイクは、ホンダCB450で、硬派な雰囲気の方でし...

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私のモトクロス時代パート1

私のオートバイ歴の初めは、純粋なツーリングライダー(オートバイで旅をする人)でした。岡山県の製鉄所に務めていた頃、バイク仲間にモトクロスレースに誘われたことはありました。でも当時の私には、レースなんてのは命知らずがやることだと感じていて、極力避けていたのです。そんな臆病(どこがという声が)な私が、なんでモトクロスレースを始めたのか。それは、3年間の旅を終えて、地元で再就職をしたことから始まったので...

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過去への旅路シリーズ2

1974年の旅の続きです。倉敷から日本海に抜け、鳥取砂丘を見た後、北上して能登半島に入りました。そこで、能登かつら崎ユースホステルに泊まったのです。YHの玄関前にて1974年9月当時の宿泊者たちと。画質が悪いので、モザイクをかけなくても大丈夫でしょうかね。YHの建物のすぐ前が能登湾で、自前の遊漁船を所有しており、ホステラー(宿泊者のこと)を、船釣りに連れていってくれます。とにかく、居心地が最高のYHでし...

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過去への旅路シリーズ1

ニール・ヤングの4枚目のアルバム「ハーベスト」に、過去への旅路という曲があります。確か1972年頃に、山口県岩国市の[ホビット]というロック喫茶ではじめて聴いた曲でした。大好きなニール・ヤングが歌うこの曲にあやかって、過去の旅をつづっていこうと思います。私は1974年の9月はじめに、3年7か月間務めた岡山県にある製鉄所を退職しました。そして、退職後、バイク(1970年型ヤマハXS650)で旅に出たのです。...

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息子の戦闘機

2016年型ヤマハYZ250X2016年のエンデューロレースに息子がライドしたマシンです。2ストローク250ccのレーサーなので、おそらく60馬力近くは出ていると思います。それでいて、車重は100キロ少々ですから、一般公道用のトレールバイクとは異次元のマシンです。俺はレース専用なんだから「やわなヤツは乗らないほうがいいぜ!」とばかりの、硬派な雰囲気を発散させています。私も、30年前は同様のマシンに乗って...

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自作第2号アンプ

明けましておめでとうございます。元旦から真空管アンプの話です。中学生の時に製作した自作第1号アンプ(6V6シングルモノ)の写真は、見つかりませんでした。記憶をたどってみると、確か初段が6AU6、出力管が6V6、アウトプットトランスは、少しおごって松下OTJ-5、選択制NFBをかけて、低域を持ち上げた回路だったと思います。松下電器のOTJ-5です。この頃の日本の工業製品は、一生懸命製造しましたという雰囲気が、見て取れ...

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プロフィール

オッカイポ

Author:オッカイポ
1950年生まれの気持ちだけ若い爺さんです。旅の記録や、オーディオ・音楽・読書、そしてバイク等について綴っていきます。