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単独飛行 その3

いい加減な司令官のせいで、ひん死の重傷を負ったダールは、カイロの海軍病院に収容された。病院で顔面の整形手術などを受け、6カ月後に何とか退院する。退院してから2カ月の静養をした後、原隊に合流する事となるが、そのいきさつも無茶苦茶だ。

ダール2
ホーカーハリケーンMK2戦闘機 第2次大戦中のイギリス空軍といえば、スーパーマリン・スピットファイアが有名だが、旧式化していたハリケーンも、農耕馬のごとく働く戦闘機であった。ギリシャ戦線でダールが操縦したハリケーンは、初期型のMK1と思われる。


ダールが空軍司令部に復帰の申告をしたところ、司令官いわく「お前が所属する部隊は、ギリシャに移動した。なので、2日間でハリケーン戦闘機の操縦をおぼえて、ギリシャに飛べ」

ダールは「自分は複葉機(主翼が2枚で操縦し易い)しか操縦経験が無いし、初めての単葉機(主翼が1枚で高速で飛べる)でどうやって地中海を超えてギリシャに飛ぶんですか」と聞いた。

司令官「そんな事は操縦してみてから言え」

ダール「ギリシャまで1000キロ以上あるのに、ハリケーンはそんな長距離は飛べないはずです」

司令官「お前はなんにも知らない。増槽タンクを付ければ1500キロ飛べる」

ダール「増槽タンクから順調に燃料をエンジンに供給できる保証はあるんですか」

司令官「そんな保障なんてあるか、うまくいく時もあるが、うまくいかない時もある」

ダール「じゃあ、うまくいかなかった時は、どうすれば良いんですか」

司令官「地中海で海水浴だ、間違っても救助など期待するな、自分で陸地まで泳げ」

という無茶苦茶ないきさつで、ダールはエジプトからギリシャまで、初めて操縦するハリケーンで、地中海を越える。

とにかく無茶苦茶な話ではある。しかしながら、我が大日本帝国と違う点は、かの大英帝国では、戦時中でも上官に言いたい事が言える環境であったという事が分る。



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オッカイポ

Author:オッカイポ
1950年生まれの年金生活者です。旅の記録や、オーディオ・音楽・読書、そしてバイクレース等について綴っていきます。