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「アイヌ語地名と日本列島人が来た道」 その3

著者の「筒井功」氏は、自らアマチュアの研究者と謙遜している。そのためか、アマチュア以下の私のような者でも文章の内容が理解しやすい。

73年10月まりも祭り_0018
画像は「昔の旅人さん」O氏提供の、阿寒湖で行われていたマリモ祭りの情景である。写真のデータに1973年10月とある。マリモを阿寒湖に投げ入れているアイヌの長老の白ヒゲは、付けヒゲではない。画像の右端の女性もアイヌ民族独特の風貌をしている。



まりも
イナウを飾った神輿を阿寒湖に流している風景のようだ。当時の阿寒には、これだけ多くのアイヌの人たちが生活していた事に驚く。

「昔の旅人」O氏は、40年数年前の日本一周自転車旅の途上、阿寒のアイヌコタンで、アルバイトをしながら一冬を超すという貴重な体験をされた。O氏提供の写真には、アイヌの人たちの特徴的な顔形がはっきりと写っている。ブログに乗せたいのだが、今となっては本人の承諾を得るのは不可能なので、差しさわりのない写真のみとする。


73年10月_0072まりも
丸木舟で阿寒湖に出る風景。O氏の写真は、歴史的資料価値の高い物がたくさんあるが、これはほんの一部である。

風貌、言語、生活様式が、まったく和人と異なるアイヌ民族は、謎が多い。本書によると、最初に東南アジア経由で日本列島に来た人類が、北海道まで到達した。しかし、DNA研究から最初に北海道の住人となった石器時代人と、現代のアイヌ民族には、関連性がみられないらしい。

本書にはハッキリと書いてはいないが、北海道の最初の住人が絶えた後に、北方ルートで渡って来た人類が、アイヌ民族の祖先となったのだろうか。

さらに不思議な事に、アイヌ民族は、オホーツク文化をになった人(北方系のニブヒ、又はギリヤークと呼ばれる人たち)とは、DNA研究で関連性があるとの結果が出ているそうだ。

しかし、ニブヒあるいはギリヤークの人たちは、寒冷適用した新モンゴロイド系で、古モンゴロイドの特徴を持つアイヌ民族とは外見上で大きく違う。

さらに、アイヌ語は近隣の言語との関連性がみられず、言語の孤島とも言われている。このようにアイヌ民族には、謎が多く今後の研究が待たれる。

私の筆では、本書を十分紹介しきれていない感が残る。以後、これといったアイヌ民族関連の本を読んだ後に、第二弾を書いてみようと思う。

寒冷適用とは、シベリアなどの寒冷地に適用して変化(進化)した人類の特徴をいう。具体的には、一重マブタ・低い鼻・体毛が薄いなどの特徴を持つ。




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