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万延元年のフットボール

先日、とある酒の席で村上春樹について話をする機会があった。私は村上春樹について、すでに拙ブログに書いていたので、その内容などを披露した。今思うと、上から目線的な言い方をしてしまったようで、少々後悔している。また、村上春樹がノーベル文学賞を取れない理由や、大江健三郎の受賞について、講釈を垂れてしまった事も後悔している。

大江
「万延元年のフットボール」40数年前、孤独な思いをしていた川崎製鉄時代に読んだ本だ。

あれから40数年過ぎた今でも、この本の内容を記憶している。いや、記憶していると思い込んでいるだけかもしれない。

さて、記憶の中の「万延元年のフットボール」の内容だ。主人公(作者がモデル)は、愛媛県の深い森にある旧家に生まれ、成人して東京に出ている。この主人公が、東京から故郷の森に帰る物語だったと思う。

東京から、アームストロングとかいう外車に乗って、数人の仲間と共に故郷に帰る。仲間の一人に、シャーマンのような魅力的な若い女性がいる。その女性のイメージは、今も故郷の森に住んでいる作者の祖母と重なる。

主人公は、山深い故郷の村で、かつて自分の家系の者が、取り返しのつかない悪事を働いたというトラウマを抱えていた。その事を、確かめるための旅に出るという物語だったと記憶している。

このモチーフは、村上春樹の「海辺のカフカ」に、少し似ている事に気が付いた。「海辺のカフカ」は、母のいない家庭に育った16歳(15歳だったかな)の少年が、様々な不条理に悩んだ末に、東京から高速バスに乗って四国を訪れる。

その旅の途上で、姉のような女性と出会う。そして、たどり着いた高松で、美術館のオーナーの女性と出会う。美術館のオーナーは、主人公の母と重なる。さらに高知の山深い山中で、自分を取り戻すという話だったと思う。この内容も記憶を元に書いているので、少々心もとない。

今、手元に「万延元年のフットボール」の色あせた本がある。ページを開いて、私の記憶を確かめたいところだが、今はあえてそれはしない。どれほど、この本が私に影響を与えたのか、そして、私の記憶がどれだけ残っていたのか、次回に書いてみたい。

「万延元年のフットボール」のカートンボックスを、スキャナーで取り込んでみて気が付いたのだが、これは老木の年輪をデザインしたものだと気が付いた。大江健三郎の故郷の山深い森を象徴する素晴らしい装丁だと思う。

*6月22日・26日に一部加筆・訂正した。

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