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漂流記

私が読書の楽しみを覚えたのは、小学校の図書室にあった「15少年漂流記」だった。確か小学校4年生の時だったと思う。

還暦をとうに過ぎた今も漂流記や、山の遭難からの生還などの、冒険記を好んで読んでいる。母をみ送る前後に読んでいたのも鳥島漂流記だ。

鳥島t
本書で、小笠原諸島までの日本の領土を確立したのは、数々の遭難者たちの功績による事が分った。

中でも最初に小笠原諸島に漂着して、日本に生還した船乗りは、我が徳島県海部郡の人であったという。小笠原諸島に漂着した報告を元に江戸幕府が探検船を出し、小笠原を日本領土であると宣言したのが、延宝3年(1675年)であった。

その後、小笠原諸島方面に漂流する難破船は後を絶たず、特に鳥島には、繰り返し漂流民が上陸している。中でも、21年間も鳥島で生き永らえ生還した3人の漂流者と、たった一人で、10年以上鳥島で生き永らえ生還した漂流者について詳しく書いている。

21年間、鳥島で生き永らえた3人は、日本に生還して、時の八代将軍吉宗に拝謁した。漂流体験を聞いた吉宗は、3人が生涯生活できる扶持米(今でいう年金)を与えたそうだ。

たった1人で生き永らえたのは、土佐の長平という男であった。長平については、吉村昭氏の作品「漂流」でドラマチックに描かれている。

次回、この二つの漂流について、もう少し詳しく書いてみたい。



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コメント

興味深いです

こんにちは。
徳島から小笠原まで漂流するとなると昔のことですから相当な日数がかかりますよね。小笠原から東京晴海ふ頭までも江戸時代であれば気が遠くなる話です。
空想ではない冒険記は興味深いです。

運が良かったのかも

さかやんさん こんばんは。コメントありがとうございました。
海のモクズと消えた多くの船乗りたちの中で、記録に残った漂流者は、運が良かったのかも分かりません。それにしても、江戸時代から明治の初めまで、おびただしい数の漂流者が、苦難の人生を送ったようです。
有名どころでは、土佐のジョン・万次郎も幕末に鳥島に漂着して、アメリカの捕鯨船に救助されて、その後、おおいに活躍しています。当時の日本人の勇気とバイタリティーには、心底敬服します。
この鳥島漂流記は、パート3まで書きたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

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