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過去への旅路シリーズ19  西表島編パート5 我が青春のカンピラ荘

西表島で3カ月近くも滞在したのは、島の素晴らしい自然に魅せられたこともありますが、何といっても民宿カンピラ荘の存在です。

現在、カンピラ荘のある上原地区は、石垣島との定期高速船の港が整備され、スーパーマーケットやアパートも有り、ちょっとした町中と言ってもおかしくない環境です。しかし、1975年当時は、港も無く道路はすべて未舗装で、いかにも離島の集落といったおもむきでした。


75年 カンピラ荘前
横から見たカンピラ荘です。ハイエースワゴンは、初代カンピラ号と思われます。上原地区から5~6キロ(私の記憶による)離れた船浦港から宿泊客を送迎していました。






カンピラ荘の夕食
これは2007年に妻とともに西表島に行った時のカンピラ荘の夕食です。これに濃厚な味のガザミ汁が付きます。40年前の夕食とほぼ同じ内容です。当時のカンピラ荘では、ショ―トクさんが水中銃で仕留めた魚を、その日の夕食の刺身として提供していました。


私も与那国島などでは、けっこう魚を突いたものです。しかし、西表島ではショートクさんの腕前に恐れ入って、もっぱらシャコ貝の採取などで、お茶をにごすしかありませんでした。


当時のカンピラ荘は、西表島の宿の中では、食事内容の豪華な民宿であったと思います。カンピラ荘に多くの長期滞在者が集まった理由は、食事の美味しさもさることながら、おじい、おばあ、そして長女のYちゃんの存在が大きかったと思います。おじいとおばあの人柄にひかれて、私が知っているだけでもショートクさん、ガンさん、クマさんの3人が西表島に永住しました。また、面識はないけれども、カンピラ荘滞在がきっかけとなって、その他に何人もの永住者がいます。



IMG_0028.jpg
カンピラ荘の長女Yちゃんです。当時19歳でした。こんなメンバーで鈴石を取りに行った時の思い出です。


鈴石を掘って汚れた手を洗う時、Yちゃんがクワズイモの大きな葉っぱを丸めてひしゃくのようにして、小川の水をすくって私に注いでくれたことを覚えています。


鈴石とは
西表島の赤い土の層から出てくる丸形の石で、二重構造になっています。中に小さな石が入っており、振るとチリンチリンという音がします。まれに水が入った物があって、チャポチャポという音がする石もあり、水石と呼んでいました。


次回は、いよいよ西表島の最終編とします。
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